「仕入れが安くなったのに、なぜ利益が増えた実感がないのか」――この質問を経営会議で受けたことがある人は少なくないはずだ。2026年産の新米は、JA全農にいがたが新潟コシヒカリの概算金を60kgあたり1万8500円(前年比38%減)に設定したことを皮切りに、各地で2〜4割の下落が確定し始めている(共同通信、2026年8月)。この「4割安」が飲食業の損益にどう波及するかを、定食屋モデルで試算する。
新米の価格下落が飲食店の利益に与える影響は、以下の通りです。特に価格を据え置いた場合、営業利益が大幅に増加することが見込まれます。
- 月間売上は300万円で変化なし。
- 食材費(米含む)は値下がり前の105万円から、新米38%安で97.8万円に減少。
- 営業利益は値下がり前の30万円から37.2万円へ増加。
- 営業利益率は値下がり前の10.0%から12.4%へ改善。
- この結果、営業利益は約24%増となります。
「米が安くなっただけで24%も?」と感じた方は正しい問いを立てている。その違和感の正体が、このテーマの核心だ。経営会議で必ず飛んでくる5つの質問を軸に解説する。
新米が38%安になると、まず何のコストが変わるのか
新米の価格下落は、食材費のうち「米費」に直接影響し、変動費の一部が削減されます。
直撃を受けるのは食材費の中の「米費」だ。定食屋では売上の35%が食材費に相当し、そのうち米は約18%を占める(業態・メニュー構成で変わるが、定食系では15〜20%が一般的だ)。月間売上300万円の店舗では月間米コストは約18.9万円。これが38%安になることで、削減額は月7.2万円となります。
重要なのは、この削減が「変動費の一部」にしか作用しない点だ。人件費・家賃・水道光熱費といった固定費は仕入れ価格が何%変わろうと動きません。コスト削減の恩恵は、まず食材費の中の対象品目に限定されます。
原価率と営業利益率はいくら改善するか
米の価格下落により、食材費率は2.4ポイント改善し、営業利益は約24%増加します。
今回のモデルでは、食材費は月105万円から97.8万円へ下がります。売上が変わらないため、食材費率は35.0%から32.6%へ2.4ポイント改善する結果です。これにより営業利益は30万円から37.2万円へ上昇し、営業利益率は10.0%から12.4%へ改善します。
「利益が24%増えた」と言える理由がここで明確になります。飲食業の薄利構造(利益率10%)が乗数効果を生むのです。食材費削減額7.2万円は、既存の営業利益30万円に対して24%の上乗せとなります。変動費の削減は1円が1円そのまま限界利益・営業利益に反映されるため、原材料費が高騰した局面でこの逆が起きていたことを思い出すと、構造がよくわかります。
価格を下げるべきか、それとも利益として残すべきか
コスト削減を即座に価格還元する判断は、客数増加効果が確実に見込めない限り、薄利多売の利益構造を悪化させるリスクがあります。
「仕入れが安くなったのだからお客様に還元すべきでは」という声が必ず出ます。試算してみましょう。定食の価格を一律5%値下げした場合、月間売上は300万円から285万円へ15万円減少します。食材費も売上に連動して約5.25万円下がりますが、これに米の値下がり効果7.2万円を加えても削減の合計は12.45万円にとどまります。売上の減少15万円をカバーできません。
計算上、5%値下げを選んだ場合の営業利益は約27.4万円となり、価格据え置きの37.2万円を約10万円下回る結果です。コスト削減を即座に価格還元する判断は、それだけで薄利多売の利益構造を悪化させるため、還元するなら、客数増加効果(価格弾力性)が利益額を上回ると試算できてからにすべきです。
固定費が変わらないのに利益が増えるのはなぜか
固定費が一定であるため、食材費の削減額は全額が限界利益の上乗せとなり、そのまま営業利益に流れ込みます。
飲食業の固定費(家賃・人件費・減価償却)は売上や仕入れ価格に連動しません。今回のモデルでは、月165万円の固定費は新米38%安でも1円も動きません。食材費の削減額7.2万円は「限界利益の上乗せ」として全額が営業利益に流れ込むことになります。これが変動費管理のFP&A的本質です。
逆の局面を思い出してほしい。2024〜2025年に原材料が高騰したとき、固定費が重い業態ほど損益が急速に悪化しました。下落局面でも同じ構造が逆回転します。固定費が大きいほど、変動費の変動が損益に与えるインパクトは増幅されるのです。
この恩恵はいつまで続くか、予算修正のタイミングはいつか
仕入れ価格の変動が飲食店に反映されるまでにはタイムラグがあり、予算修正の判断は先行指標のモニタリングが重要です。
JA概算金(農家への前払い価格)が確定するのは8〜9月ですが、飲食店の実際の仕入れコストへの反映には1〜3ヶ月のタイムラグがあります。スーパーの卸値は9〜10月、飲食店の業務用米仕入れへの反映は10〜11月が目安です。2026年産の価格水準が翌年の作付け面積を左右するため、2〜3年後に需給が引き締まるリスクもあります。
予算修正の判断基準は「概算金が出揃った時点か、Q2実績確定後か」という時点選択です。今年は8月中に概算金が出揃えば、9〜10月の補正予算で食材費前提を修正できます。先行指標として日次でモニタリングすべき3点は、①JA概算金の地域別推移、②農産物のスポット市場価格、③スーパー店頭価格です。このうち③を定点観測に組み込んでいる食品メーカー・外食チェーンはまだ少ないのが現状です。
答えられなかったら何を調べるか
上記5問のどれかで詰まった場合、手元に用意すべき情報は3つです。
- 自社の食材費明細と品目別構成比(食材費の何%が米か)
- 過去12ヶ月の仕入れ単価推移(契約価格かスポット価格か)
- 現在の損益分岐点売上高(どこまでコストが上がると赤字か)
これらが揃えば、今回のような試算を1時間以内に完結させられます。
経営会議でコスト削減の試算を出すと、「その数字、現場で使えるの?」と料理長や現場マネージャーから必ず突っ込まれます。「60kgあたりの単価が変わった」というJAの数字より、「今月の米の請求書が7万円安くなった」という具体的な金額に言い換えた瞬間、議論が前に進むでしょう。FP&A担当者の仕事は、市場の数字を現場が動かせる数字に変換することにあります。
自社の食材費管理に今すぐ組み込むこと
今回の分析を実務に落とすなら、やるべきことは2つです。第一に、食材費の品目別内訳と各品目が月間食材費に占める構成比を把握すること。第二に、主要品目の仕入れ単価を市場価格(概算金・先物・店頭価格)と毎月比較する仕組みを作ること。この2つがあれば、「食材費が5%変動したとき当社の営業利益はいくら変わるか」を毎月更新できます。感応度分析の対象として、食材費ほど即効性の高い変動費ノードは少ないでしょう。
食材費が下がっても利益が増えない場合はあるか
あります。同期間に売上が落ち込んでいる場合や、他の食材(肉・野菜)が高騰して相殺された場合は、米の値下がり効果が見えなくなることがあります。食材費明細を品目別に把握していないと「トータルで変わらなかった」という誤認が起きやすいので注意が必要です。品目ごとに感応度を個別試算することが求められます。
飲食業以外にも同じ計算式が使えるか
使えます。食材費を原材料費に置き換えれば、製造業・加工食品メーカーにも同じフレームが適用できます。「変動費削減額 ÷ 現在の営業利益」で計算した比率が利益の増加率になる(固定費一定の前提)ため、限界利益率が低い業態ほど、この乗数は大きくなります。
コスト削減が利益に反映されるまでに何ヶ月かかるか
業態と調達契約によるでしょう。スポット仕入れが多い飲食店なら1〜2ヶ月。長期固定契約が主体のメーカーなら3〜6ヶ月以上かかる場合もあります。2026年産新米の場合、飲食店への反映は10〜11月が現実的で、Q3(10〜12月)の業績から効果が見えてくることが予想されます。
■ Appendix:計算の前提
今回の計算では、以下の前提を置いています。
- 月間売上: 300万円 (中規模定食屋(30席・月4,000客)の想定)
- 食材費率: 35%(月105万円)(定食系飲食業の標準的なF比率)
- 食材費中の米比率: 18%(月約18.9万円)(炊飯量・業務用単価から試算)
- 人件費率: 30%(月90万円)(FL比率65%のうちL部分)
- その他固定費: 月75万円 (家賃・水道光熱費・減価償却等)
- 営業利益(改善前): 月30万円(利益率10.0%)(上記差引)
- 新米値下がり率: 38% (JA全農にいがた 2026年産コシヒカリ概算金(共同通信2026年8月))

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